選択的夫婦別姓、実行中

めぐろ区民ジャーナルが始まってから知り合った今井さんは、夫婦別姓を長年実行されている一人で、長女、長男はそれぞれに母方、父方の姓を名乗り、誕生の時から名字が違う。
「それが不便だったり、子ども達が異を唱えたことも、いじめられたことも、一度もありません。両親が同姓であるのと同じように自然に受け入れられています。」
 
筆者が遅まきながら、この課題の深刻さに気づいたのは、今井さんのお人柄を通してだった。
不登校の子どもたち、そして不登校の子を持つ親の居場所づくりを長く続けられている、ほがらかでお話ししやすい方で、踏み込みにくい感が強い "夫婦別姓を実践されている理由" を、思い切って聞いてみることができた。

 

我が国ではあたりまえの形、“夫婦同姓” を疑問に思う人は少なく、しかし逆に ”夫婦別姓” が絶対ダメという人も多くはないのだろう。(そんなの個人の自由でしょ、という声が聞こえてきそうだ)
しかし、どこかプライベートな問題という感じもあり、またその必要性にぴんとくる人が少なく、進展してこなかった社会課題の一つが "選択的夫婦別姓制度の導入" ではないだろうか。
 
かくいう筆者も 「なぜ、そこまで旧姓にこだわる人がいるのか?」全くわかっていなかった1人だった。しかしそこには "人権問題" と呼んでいい、古い慣習がある、と理解していいのだと思う。

今井さんに「聞いてもいいですか?」と投げかけた一言から、今回の長い考察の旅が始まった。
 

「はて?」

結婚の際、夫の姓にするか、妻の姓にするか話し合っていないカップルは、7割くらいではないかと今井さんは言う。でもその中には、本当は話し合いたかったけど話さなかった、しっくりこなかったけれど、または嫌だったけれど、言い出せなかった人もいたのではないかー。
 
今井さんのお話を伺っていて、真っ先に思い出したのは、昨年放映されていたNHKの連続テレビ小説、”虎に翼” の主人公、寅子のセリフ「はて?」だった。
 
同ドラマは、昭和初期から戦後にかけ、女性の幸せは結婚だと決めつけられた社会の中で、”あたりまえ”や ”普通” とされるものの押し付けに、寅子の「はて?」が当時の風潮や価値観をクローズアップする。
 
戦後1947年5月2日まで続いた、日本の旧民法(明治民法 1989年〜)では、女性の法的地位は制限され、法律上も男性(主に戸主や夫)に従属的な立場に置かれ、参政権もなかった。働くために夫の許可が必要であったり、財産管理ができなかったりした。
今聞くと驚くばかりであるが、これがよく聞く ”家父長制度(家制度)” で、夫婦は "同氏(同姓)"となることが義務付けられる。そして、女性が夫の家に入り夫の姓を名乗る(妻の改姓)のが原則となったのも、この明治民法である。

日本の伝統?

"夫婦同姓" が義務付けられた明治民法から、戦後1947年の民法改正で、”夫か妻の姓、どちらかを選ぶ” となり、現在に至る訳だが、それ以前(江戸時代以前)に遡ると、名字を名乗るのは武士や公家など身分の高い人に限られ、庶民は名字を持たなかったようだ。
 
4世紀頃に大和朝廷の支配体制として自然発生的に形成され発展したという氏(うじ)は、 血縁集団(氏族)の名称であり、(蘇我氏、藤原氏など)姓(かばね)は、氏族の地位・職務を示す称号(臣、連、朝臣など)を示していたという。
この時から、名字は血縁 "家"を表すものだった。
 
過去からの氏、姓、を調べていると、歴史的・法的に異なる概念があったり、また住んでいる土地に由来したりと、その個人を特定する、より具体的な背景があったように見てとれる。
 
田んぼの中に住んでいたから、田中さん
川の近くに住んでいたから 小川さん
など、小学校の先生が教えてくれたのを思い出す。
 
話を戻し、名字を名乗っていた武家や久家の婚姻の際は、それぞれの家の氏をそのまま名乗る "夫婦別姓" が一般的だった。
氏は、出自や血統を示す重要なものであり、例えば、それぞれ源氏、平氏(北条氏は平氏の一族)を名乗っていた源頼朝と北条政子は、よく夫婦別姓の例としてあがるらしい。 
としてみると、おそらく歴史の中ではお家を守る "夫婦別姓" の時代の方が長く、"夫婦同姓" は明治民法以降ということになる。
 

武家の慣習

ここに面白い記述を見つけた。
法務省のHPに 〈我が国における氏の制度の変遷〉 が掲載されているのだが、『明治政府は、妻の氏に関して、実家の氏を名乗らせることとし、「夫婦別氏」を国民すべてに適用することとした。なお、上記指令にもかかわらず、妻が夫の氏を称することが慣習化していったといわれる。』とある。

 
武家の慣習に沿って "夫婦別氏" が定められていたが、戸籍制度を整備したことにより、今で言う戸籍筆頭者が必要となった。
筆頭者は当然、男性優位の武士社会からの慣習で夫の方となる。
その流れから妻は "家に入る" ことになり、"家" の統一性の観点から、"夫婦同氏" が、戸籍を管理する上で効率的・合理的と判断されたようだ。
家父長制  〜"男性優位" が改めて法制化されたのが、明治民法という見方もできるのではないだろうか。

 家父長制度 と 戸籍制度

選択的夫婦別姓制度の導入にあたっては、日本の大切なシステムである、戸籍制度が壊れる、といった議論がよく聞かれるようだ。しかし「そんなことは全くないんです。」と今井さん。
「戸籍筆頭者をどちらにするか決めて、名字はそのまま記載しておけばいいだけじゃないですか」
 
思い起こしてみると、外国籍の方と結婚した知人は、戸籍が "夫婦別姓" になっていた。知人が家庭裁判所に申し立てをして "複合姓" を名乗ったものであったが、戸籍上には、夫婦それぞれ別の名字が記されていた。
例外措置と言ってしまえばそれまでかもしれないが、戸籍管理上は問題がなかった訳であろう。
 
家父長制度から続く ”夫の姓を名乗るのが妻の幸せ”  という価値観が、そうでない人に「はて?」と言わせるだけでなく、選べないという、弊害を引き起こしてはいないだろうか。
また “家族の絆や、一体感が損なわれる” などの議論もあるようだが、それこそ他人や法が介入する問題ではないのでは?と思う。

もちろん、その方が良ければ同一姓を名乗ったらいい。

議論をつくす

最近聞かれるようになった感の強い、選択的夫婦別姓制度 は、家父長制から続く、女性の氏(姓)選択の権利 についての議論、ということにもなるのかと思う。30年近く進展していないと言われ、法務省では1991年から、婚姻制度等の見直し審議 が始まった。また遡る1970年代に、女性の氏選択の権利についての議論が始まっていたようだ。

1975年3月8日に ”国際女性デー” が提唱され、同年日本でも参議院・法務委員会で 婦人の人権擁護に関する件 として、離婚後に女性は旧姓に戻すことが強制となっていた問題が提起されている。そして翌年に離婚後の姓の 選択の自由が可決している。

法務省では、1995年の中間報告 を経て、1996年には法制審議会で民法の一部を改正する法律案要綱 を提言している。ここには 選択的夫婦別氏制度の導入が具体的に示されており、これをみると非常に簡潔で何の問題もないように思える。

そして今年5月、再び導入の為の法案が提出されたが、継続審議となった。

 先日、目黒区議会では 選択的夫婦別姓制度 の着実な議論を進め、導入を求める意見書』 が可決された。この議会討論・ビデオアーカイブをぜひご覧頂きたい。(3年間視聴可能:『令和7年第3回定例会09月30日 本会議』) 
なるほど、このように思う人たちがいて、ずっと進んで来なかったのかと大変参考になり、興味深い。
同会議は白熱した体で、ここまで噛み合わないものか、という感もあったが、大いに勉強させて頂いた。

人権 vs 価値観 の戦いのようにも見えるのだが、皆さんはどのような感想を持たれるだろうか。

 

夫婦別姓も選べる社会へ!訴訟』は2011年に1次提訴、2018年に2次提訴が行われ、現在第3次訴訟中だ。それ以前からずっと戦ってこられている方々が、このように全く議論が進まないことを、どんな気持ちで見ておられるかと思うと、どうにもやるせない。

『令和7年第3回定例会09月30日 本会議 ビデオアーカイブ』
 

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通称名の活用

選択的夫婦別姓制度については、経団連も、その早期実現を提言している。(2024年6月10日)。
これは、DEI*(多様性、公平性、包摂性)の推進と女性活躍の観点から、また現在の夫婦同姓制度が、企業経営上のリスクや、不利益を生んでいると指摘したもので、国際社会においても同制度は広く普及しており、日本は夫婦同姓の強制を維持している数少ない先進国だ。
 
多くの国では、同姓・別姓・複合姓など、姓の選択の自由が認められ、日本は国際的なジェンダー平等や多様性の観点からも、国連などから導入を繰り返し勧告されているとのことで、全く耳が痛い。
 
女性のキャリアの妨げにならぬよう、仕事の場で旧姓(通称名)をそのまま使えるようにしたし、通称名の活用範囲を広げれば済む、という議論もあるようだが、論点はそこではない、とここで断言してみたい。

*) Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の頭文字を取った言葉で、組織内の多様な人材(性別、年齢、国籍、障がい、価値観など)を尊重し、公平な機会を提供することで、誰もが自分らしく活躍できる環境を作り、組織全体の価値を高めようとする考え方・取り組み。

大切な名前、これが私

「名字と名前、揃って私自身なんです。」
今井さんが、ご自身の結婚の際にぶつかった障壁は、現法においては夫婦別姓であると、”事実婚” としか認められず、相続権がなかったり、医療同意ができないといった制約がある。
それももちろん大問題なのであるが、それ以上にアイデンティティを侵害される、という人権侵害が起こっているということを、私たちは認識した方がいいようだ。
 
ご自身の名前の方を取って考えてみて頂きたい。
あなたは "ゆかり"  だが、これを結婚の際に "さとこ"  に変えろと、
 "けんじ"  を  "そうた"  に変えろと言われているようなもの、と想像してみよう。
「は?なんで?」ということになりはしないか。
 
私自身を表す『姓・名』は、人によって捉え方も感じ方も様々で、ずっと自分が使ってきた姓(氏)を変えることの違和感や、それに対する抵抗がある人がいても、全く不思議ではない。
もちろん、姓(氏)を変えることを喜んで受け入れる人も多いだろう。だからと言って、嫌だという人に無理強いをしていい筈がない。
だから『選択的夫婦別姓』である。

子どもの権利〜多様性の時代

この導入にあたっては、”子どもに(他の一般家庭とは異なる)夫婦別姓を強いることになる”とか、子どもがいじめられるのではないか、という懸念も聞こえる。確かに、日本の社会では異質なものを排除しようという動きが生まれやすいかもしれない。
 
しかし、そもそも子どもは、氏名へのこだわりを持って産まれてはこない。
その価値観が形成されるのは、親の影響や、幼稚園、学校など、周囲の社会の影響、そして本人の経験からである。
 
子どもも女性同様に、家父長への服従が求められていた存在だが、子どもの権利という視点から見れば、”安心して過ごせる家庭環境で、親に大切にされている実感が持てること”こそが重要であり、みんなと同じ方がいいよねと、”人と違うことは良くない”かのような価値観をあてはめるのはいかがなものだろう。
 
日本は、私たちは今、多様性が認められる社会を目指している。
ならば、『こういう危険があるのでやめておく』ではなく、『こういう工夫をして乗り越えていく』という議論をしたい。

最後に

筆者は、明治時代の価値観を全面否定はしない。
「わしは武士じゃ!」と言っていた祖父の家の話などを幼い頃から聞き、豪快な祖父が大好きであった。明治生まれの祖父は、家族を養う大きな存在であり、優しかった祖母が家の中のことをやっていた。古き良き時代であったのだと思うし、懐かしく思い返したりもする。
 
しかし時代は変わり、今や日本の共働き家庭の割合は夫婦のいる世帯全体のおよそ7割(約72%前後)であり、多数派である。
そして個々の人権が保障されている今、"選択できること" が保障されることは至極当たり前の筈だ。
 
諸評はさて置き、日本は初めて”女性総理”が誕生したばかりだ。
飛躍的に、選択的夫婦別姓制度の導入も含めた、ジェンダー課題を解決していく時ではないだろうか。
 

執筆者:佐野みと(めぐろ区民ジャーナル 編集委員)

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