目黒区長選挙2024 候補者ロングインタビュー

伊藤ゆう 氏

プロフィール

1976年12月2日生まれ。成蹊高校、早稲田大学第一文学部卒
2000年 民主党衆議院議員公設第一秘書
2003年 目黒区議会選挙で最年少当選(26歳)
2005年 東京都議会選挙で最年少当選(28歳)
2013年 東京都議会選挙で次点惜敗。池尻大橋に日本語学校を創設、学校経営を行う。
2017年 都民ファーストの会の創設メンバーとして都議3期目当選。議会改革検討委員長のほか、新型コロナ対策の委員長を務める。
2021年 東京都議会選挙で4度目のトップ当選。都民ファーストの会共同代表を歴任。

公式Webサイト:https://www.itoyuu.tokyo/

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目次

都議と区議の違い

――都議と区議の仕事って何をしているのか、なかなか一般の人はわからないと思うので、都議と区議の役割の違いについて教えてください。

確かに、どこまでが区の仕事でどこまでが都の仕事か、分かりづらいと思います。たとえば、道路は区道と都道と国道があってそれぞれ管理主体が違います。河川は、都が管理してるんです。目黒川は2級河川ですね。多摩川とかの1級河川になると国の管理になります。
公園も、林試の森公園や駒沢公園は都立で、中目黒公園は区立になります。そのように、都立の公共施設や都が管理する道路や河川で目黒にあるものについて、都議として改善していく、区が管理するものは区議のみなさんに頑張っていただく、そのように仕事をしてきました。

林試の森公園の防災力強化

私が関わった例でいえば、林試の森公園は今度拡張工事がされて1.3倍くらいに広がるんですけど、今の林試の森は防災力としては非常に弱い公園なんです。 元が林業試験場なので、そういう作りになってなくて、駐車場もないし、防災倉庫もない。道路付けも悪くていざ災害が起きた時に自衛隊の車両が入ってこれないんです。
地域の皆さんの声を聞けば、公園の木は一本も切って欲しくないという声が多くて、であれば、公園に隣接する国家公務員住宅が拡張部分になるんですが、今は更地になっているので、有事の際の備蓄倉庫になって、普段は公園利用者がペット連れで使えるカフェを整備計画に入れました。

参照:都立林試の森公園の整備計画 https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/content/000046912.pdf

目黒川の調整池

目黒川には舟入場と品川区の荏原に2ヶ所の調節池があるんですが、調整池ってすごい重要なんですよ。今ある調整池は目黒川の下流域にあるんです。線状降水帯とかの豪雨がどかっときたら下流域が溢れてしまうので上流域に調整池をつくるべきだっていうのを5年くらい前から知事に要望していて、ついに調整池の事業化が決定して計画が進んでいます。

注:目黒川流域調整池は令和4年度に事業化決定。参照:https://note.com/tokyo_tech/n/na626a3d8ee04

駒沢通りの無電柱化

都道の無電柱化が進んでいます。電柱が地中化していると大規模災害時に強いので重要です。唯一都道で無電柱化ができていないのが駒沢通りですが、去年の12月に一般質問で早くやってくれと要望して、今年の4月から測量が始まり、駒沢通りの無電柱化が実現しました。

参照:「無電柱化の目的と効果」国土交通省 https://www.mlit.go.jp/road/road/traffic/chicyuka/mokuteki_02.htm

塾のない社会

――今回、区長選に立候補した理由を教えてください。

自分が一番やりたかった「塾のない社会」をつくりたいというのを区議会議員の時からずっと言ってます。つまり、親の経済格差が子どもの教育格差にならない社会ということです。
私自身は両親共働きでひとりっ子で、塾に行かせてもらいましたが、塾に行ける子はある意味最初から(進路に)希望が持てるんですけど、家計に余裕がなくて塾に行けないと、僕らの子ども時代だとドロップアウトしちゃう子もいたんですね。こんな不公平なことはないなと思ってて。
もちろん塾があることはいいんですけど、学校の中で進学指導してくれたりとか、公教育の中で希望の進学が遂げられる社会を作りたい。
じゃあどうすればいいかというと、一つは地域にいらっしゃる元教師の人とか、家庭教室とかできるような大学生たちに学校に来てもらって、放課後教室を開いてもらう。
もう一つは、塾そのものを放課後の学校に来てもらう。塾からすれば家賃がかからず、利用者の塾代は行政が負担して無料で受けられる仕組みを作りたいと思っていたんです。
ただ、これをやるには区の財政だとやっぱり難しいなと。それで、都議になって東京都にその仕組みを作らせたんですよ。
スタディアシストと地域未来塾っていう仕組みができて予算化ができたので、「これでできるぞ!」と目黒区に働きかけたんだけど、これが一向にやらない。
目黒区がやらない理由は、とにかく調整するのに手間がかかるとか、学校と塾の対立軸があるじゃないですか、そういうのを解消するのが区の仕事なんですけど、面倒だと思うんでしょう。
すでに他の市区では使われているんですけど、目黒区はこの予算を使ってくれない。

都政の方は自分のやりたかったことの事業化や予算化ができて、ある程度変えられたと思うので、それを自分の手で活用できる立場にならないと、目黒区は変わらないなと。

参照:令和4年度東京都地域学校協働活動推進事業(地域未来塾含む)報告書
https://www.syougai.metro.tokyo.lg.jp/sesaku/shien/data/04report_book.pdf

――「塾のない社会」について、もう少し詳しく教えてください。言葉どおりに受け取ると、塾の無い社会をつくるために学校の中に塾を作るというのは矛盾していると感じます。
そして、「地域未来塾」と「スタディアシスト」の2つの仕組みが今ありますけど、この違いがよくわからないです。

「スタディアシスト」は塾業者を学校に入れるための仕組みと予算です。「地域未来塾」は地域の方や大学生に放課後教室をやってもらう。この2つは建て付けがちょっと違うんですね。どちらも放課後教室なんですけど、「スタディアシスト」が進学のための授業で、「地域未来塾」が補講を担うので、予算も違うんです。

――塾の授業が公費で無料で受けられるとなると、地域の塾から反発はなかったんですか? 塾業者も自前の塾ではお金取るけど学校は無料でとなると、生徒の食い合いになってしまいませんか?

もちろん反発はありました。塾業者さんからしたら、正直受け入れがたい政策なんです。民業圧迫じゃないかという向きもあるでしょう、きっと。だけど、そもそも学校の中でやりきれないから塾がその分を請け負っているんであって、もともと私たちが子どもの時とか、親の時代とかは今みたいにたくさん塾はなかったわけですよね。学校の中で勉強して、それで受験して、ってできていた。社会の仕組みを塾に合わせるんじゃなくて、学校本位に戻しましょうというのが理想の姿だと思います。でも一足飛びには行かないので、「塾のない社会」だからって、いきなりもう塾に行かないでくださいと言ったところで、受験はあるので塾は必要ですよね。
お金に余裕がある家庭は塾に行っていただいて、余裕がないご家庭やいろんな事情で塾に行けない子どもたちに救いの場を学校の中に作ってあげたいということなんです。「塾のない社会」は3ステップくらい先の社会なんですよ。その間のつなぎですね。
理想は、学校と塾が融合していくことなんです。受験制度が根本から変わればいいんですけどしばらくは変わりそうにないから、今の学校の授業時間数だけで受験ができるかといえば、実際はできないと思います。もちろん自分でできる子もいるでしょうけど。
学校の先生に放課後教室までやってといったら、先生たちパンクしちゃうわけです。なので、学校で基礎的なことをやってもらって、放課後に学校と連携してサポートしてくれる塾を入れるとわざわざ塾に行かなくていいし、先生と塾の先生の交流ができると教え方も変わってくると思うんです。

――学校の授業だけでは受験ができないから塾が必要で、学校で足りない分を「スタディアシスト」でフォローするということですが、その授業だけでは足りない原因は時間割や事業時間数だけの問題ですか? 学校の先生の負担がどんどん増えていて、しかもなり手がないという問題もあります。

その通りです。学校の先生たちが足りない、今(東京都の教員の)求人倍率が1.1倍くらいになってて、ほぼ無試験で入れる状態になってるわけですね。働き方改革とかいろいろ議論はあるけれど、根本は教員が「定額働かせ放題」になってることです。
この制度設計をしたのは昭和41年、58年前ですよ。その頃の超過勤務時間は月平均8時間だったのでそれをベースにして残業代4%の計算なんです。この間都議会で質問しましたけど、今の教員の残業時間、月に40時間という答えだったんです。40時間でも控えめな数字だなとおもいますけど、それでも5倍になってるわけで。58年間一度もそこに手を付けずにいた、仕事に見合った給料がちゃんと受け取れる仕組みにしないことがおかしい。
47都道府県のなかで一番大きいのは東京都じゃないですか。だから、国にも残業代を4%から10%にするとか議論が出てきてますけど、そもそも普通に残業代払ってねということですよね。
私も都議会でこれまで積極的に問題提起してきました。

1クラスあたりの生徒数の国際比較

OECDの調べによる一学級当たりの児童生徒数(平均)は、初等教育で21.0人、前期中等教育は23.2人。対して日本は初等教育で1.3倍、前期中等教育で1.38倍とダントツの人数。
生徒に対する先生の数が少なすぎることが、学校現場の問題の根本にあるといえます。
参照:文科省「学級規模の基準と実際[国際比較]」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/029/shiryo/05061101/003.pdf

――別の視点から。他の公約で「プレーパークの推進」というのがあります。放課後子どもが自由に遊べる場を増やしていくというのはとてもうれしい政策なのですが、プレーパークに遊びに行こうと思っても、放課後学校で補講を受けなきゃとなったら遊ぶ時間がなくなりますよね? この2つ、二律背反になりませんか?

そこは別に対立しないと思うんですよ。塾に行ってる子も毎日フルに行くわけじゃないですよね?
「スタディアシスト」も毎日やるわけじゃないです。すでに実施している立川市とか青梅市では週に1回か2回です。さすがに費用が行政負担なので予算にも限界があるんですよ。
でも、今まで塾に行けなかった子からすると、それが週に一回あることによって、家に宿題持ち帰って宿題を一所懸命やってきたりとか、学校の勉強に身が入るようになったとか、そういう事例がいっぱいあるんです。週に1〜2回行ったとしても、それ以外の時間でプレーパークとかで自由に遊べるんじゃないでしょうか。

区民センター再開発について

――現在、区民センター再開発の計画が、PFIの手法で進められています。計画資料も公開されていますが、具体的な数字の資料が少なく、市民の私たちには計画の全貌が見えないところが不安なのですが、区民センターの計画についてどうお考えですか?

私も見ましたよ。あんなスカスカの内容の資料。
豊島区の区役所の建て直しとかもPFIで建て直しやってましたけど、そもそも、民間企業に利益をとってもらって作り直すという発想が設計思想として古いと思うんですよ。

去年、ヨーロッパ各地やニューヨークに、まちづくりをどういうふうにやってるのか視察で回ったんですけど、ヨーロッパは建築のトレンドをちゃんと追っかけてるんですよね。
ドミニク・ペローさんという有名なフランスの建築家がパリオリンピックの選手村の設計を担当していますけど、実は選手村以外、ひとつも新しい建物を造らないんですよ。
(注:実際は約95%を既存施設もしくは仮設とし、アクアティックセンターとアリーナ・ポルト・ドゥ・ラ・シャペルの2施設のみ新設。)
新しく作るということは何かを壊さなきゃいけないし、鉄も加工しなきゃいけないしで、CO2をいっぱい出すでしょ?

これからはSDGsの時代だから、IOCにルール変更を求めででも、今あるものを使っていくんです。日本みたいにIOCに唯々諾々と従うだけじゃなくて。

――伊藤さんは東京オリンピックの時は議会与党の都民ファでオリンピックを推進する側でしたよね?

いや、僕らは唯々諾々とやっちゃダメだと言っていて、たとえば、海の森水上競技場あるでしょ、もともとの東京都の計画だと陸地のある北側に撮影場所を作ることになってたんですよ。それに対して「逆光になって映像がキレイに撮れないから南側の海の上に浮き桟橋を作れ」と、IOCが言ってきたんです。それをつくるのに50億円かかるんですよ! 僕はもう怒って、都の職員にIOCの本部のあるローザンヌまで行ってもらって交渉してもらったんです。日本の撮影技術で北側から逆光でもキレイに撮れるから問題ないということで納得させたんですよ。IOCと闘ってきました。もちろん、それは一部のことですけどね。日本の組織委員会はIOCに弱かったから、全体としてみたらそう思われるかもしれないですけどね。

話を戻すと、新しく造るフランスの選手村はなんと47%が木造なんです。びっくりして、(石造りの)ヨーロッパで木造ってどうしてなんですか?って聞いたら、木材は昔と違って今は耐久性も防火性も上がっているというのもあるけど、木じゃなくて鉄を使うとそれだけでCO2を出すからっていうわけですよ。木は切ってもまた植えればCO2を吸ってくれるので。これが今のヨーロッパの設計思想なんだと勉強になりましたね。
また、すでにあるものをうまく使っていくと。これはロンドンオリンピックのときからそういう傾向になってるんですけど、だから僕は今回の区民センターの再開発も、最適化をはかりますと公約に載せています。正直言って、今の計画がベストだとは思ってないんです。
(築地市場の)豊洲の移転の時もどうするのかって大問題になりましたよね。僕はその時(都民ファで)担当責任者だった経験がありますけど、行政って一つ何かを変えると玉突き事故が起こるんです。これだけちょっと変えるってわけにいかないから。

ひとつ幸いなことがあって、区民センターの事業は区長選挙の後に事業者の公募があるんです。事業者が決まってしまったらもう動かせないんですが、そこはまだ最適化を図れる余地がある。どこまでできるのか、何に影響があるのかということは、役所と膝突き合わせて検証しないといけないので軽々に言ってはいけないなとは思ってるんです。ただ、今のプランはベストではないと思うので、最適化を図っていきたいです。

インクルーシブ教育について

――公約にある、インクルーシブ教育の推進についてどのようにお考えですか。

もちろん障害の度合いがいろいろあるので違いがあるところもあるかもしれませんが、障害のあるお子さんの親御さんの一番の心配は、自分たちが亡くなった後にこの子が自立して生きていけるかだと思うんです。

障害のある人たちに対して、特別支援学校で勉強したり、福祉工房で仕事の場を作っていくことも大事だと思うんですけど、もっと大事なのは、社会に出て仕事ができるようなスキルやコミュニケーション能力をつけることだと思うんです。僕らがどこでコミュニケーション能力を身に付けたかといえば、小中学校や高校で友達とのふれあいとか、傷つけあったりいたわりあったりするとか、そういう中でコミュニケーション能力が育まれるじゃないですか。

一般的に、保育園までは障害のある子どももそうじゃない子どもも一緒ですよね。ダウン症の子どもとかも一緒じゃなかったですか?

――受け入れられる保育園もあると思いますが、認可保育園のほとんどが民営なので態勢が整ってなくて受け入れられないことも多いと思います。

そうなんですか。私は上目黒保育園で一緒の環境だったんですね。
(注:かつて、区立保育園でさくらさくらんぼ保育を実践している園があったそうなので、伊藤さんはその園に通われていたのかもしれません。さくらさくらんぼ保育は斉藤公子氏が提唱した保育理念で、障害者保育の研究を進めていて、1980年代以前から今でいうインクルーシブな環境の保育を実践していました。)

その時は(障害のある子も)一緒に遊んでたわけですよ。でも小学校になったら別れるでしょう? 分けてしまうと、障害のある子は、健常者、この言い方は好きではないんですが、スペシャルニーズのない子とのコミュニケーションをほとんどとらないまま大人になるんですね。社会に出てからいきなり健常者とコミュニケーションをとらないといけなくなるわけです。自信もないし不安だし、うまくいかないんですよ。

できるだけ障害のある子にコミュニケーション能力をつけさせてあげたいと考えていたら、兵庫県に阪神昆陽学校というインクルーシブをやっている高校があるというので、見学に行きました。
ここは特別支援学校と公立高校が一体的に運営されていて、校長先生が両校の校長を兼務していて、ノーマライゼーション教育をやっていて、イベントを一緒にやったり、渡り廊下でつながっているので特別支援校の生徒も普通校の授業を受けられるんですよ。

なにがいいかというと、障害のある子は普通校の子とコミュニケーションがとれるから就職に強くなる。
逆の効果もあって、もともと昆陽高校は荒れてた学校だったのが、特別支援校と一緒になることで落ち着いたんです。ノーマライゼーション教育の効果と、今まで支えてもらう側だった(荒れてた)子たちが、支えてあげる、あるいは支え合うことで理解が高まってきたと。

そうすると、障害のある人のニーズがわかってくる。差別の意識も減るし。
何をしてあげればいいかがわかっていると、この子たちが就職した先には高齢化社会がまっているわけで、我々も何らかの障害を持つかもしれないし、その人たちに商品やサービスとして何を提供してあげればいいか、何が喜ばれるかわかるわけです。これって、商品開発やサービス開発の時のヒントになるんです。

なので、一体的なインクルーシブ教育をやっていきたいなと思うんです。

(注:阪神昆陽学校の学校運営は正確にはインクルーシブ(包括)ではなくインテグレート(統合)と呼ばれ、インクルーシブ教育には当てはまりません。詳しくはめぐろ区民ジャーナルの「インクルーシブ教育と特別支援教育」の記事をご覧ください。)

――インクルーシブ教育は、国連の障害者権利委員会から勧告がある通り、障害者差別をなくすことに意義があります。しかし、伊藤さんは就職に有利とかニーズキャッチをして商品開発のヒントになるとか、経済的利益を理由に必要性を説かれています。インクルーシブ教育についてこのような視点での説明は今まで聞いたことがないのですが、差別の問題というより現実的問題として健常者側からはこのように視えているのかと感じたのですが。

差別って途中から意識し始めるわけじゃないですか。
最初から差別してるわけじゃなくて、たとえば家族に障害がある人がいると、障害者に対する差別が芽生えないですよね? 日常的に付き合いができているかどうかで意識が変わってくるんじゃないかなって思うんです。

文教委員会における質疑妨害について

――伊藤さんにとって耳の痛い質問をします。2023年2月9日の都議会 文教委員会において、立件・共産・ミライ会議の都議4名の質問者へのヤジによる執拗な質疑妨害をしたことが、一部メディアとSNSで話題になりました。議会の場でこのようなヤジ行為を行ったことについて、ご自身の認識をお聞かせください。

この日の委員会では都立高校の英語スピーキング試験ESAT-Jについて、受験生を抱える保護者や入試制度の専門家たちからESAT-Jの様々な問題点、都教育委員会の不誠実な対応について多くの声が上がっており、そのことについてかなりの時間を割いて質問が行われていました。
この件については、フリージャーナリスト・犬飼淳氏やインターネットメディア IWJで詳しく報じられています。
犬飼淳氏のブログ(一部有料記事) https://juninukai.theletter.jp/posts/49c79de0-a9d1-11ed-8894-31f4fa7596d2
IWJの記事 https://iwj.co.jp/wj/open/archives/514196

直後に不適切な不規則発言をしたことに自覚を持ちましたので、すぐにできることとしてSNS上でお詫びを申し上げました。

それから、その後の文教委員会で質疑を妨害するような不規則発言をしたことを申し訳ありませんとお詫びしました。
自分でも申し訳ないと思ったがゆえ謝罪をしましたので、今後、二度とこのようなことはいたしませんと申し上げましたし、現にその後は委員会でも本会議でもヤジや不規則発言はしていません。

――普段はとても穏やかでにこやかな伊藤さんを存じているだけに、委員会の動画を実際に見て私自身ショックを受けました。これまでも議会のなかで議論が白熱すると大きな声を上げるようなことがあったのでしょうか? また、今後区長になった時に、行政のトップとして区役所の職員に対して意見の相違があった時に適切なリーダーシップをとれるのか心配になるのですが。

あのー、これまで都庁の職員に対してはこの7年間与党の議員としてやってきて、先ほどから言っているようないろんな制度をつくってきました。都庁の中で怒鳴られたとか、恫喝されたからこの政策をやることになりましたとか、そのようなクレームが会派にきたとか、私自身そういうことがあったというのは認識していないし、役所の職員の方とは信頼関係がないとそもそも政策なんてできないですから。これだけ多くの政策をつくっていくというのは、お互いひざ詰めで率直にやっていかないと議論が成立しませんので。

あの委員会の時は前後関係が特殊すぎたので、ただそのことを言うのは言い訳になってしまうので言わないですけど、あの委員会はちょっと自分の中でも憤りを感じるシチュエーションがあったかなと。あまりにも自分の感情が質疑を妨害するような行為にまでなったので、だからすぐに自覚をもってお詫びを申し上げたわけです。

この件について伊藤さんは、なぜ質疑を妨害するような不規則発言をしたのか、委員会の前後に何があったのか、その理由については言い訳になるし相手のあることだからと明言を避けました。
ESAT-Jを推進する立場だから妨害したのかという質問に対しては、「そうではない、実際教育委員会に対しては与党側に説明しているようにちゃんと野党側の議員にも答えたほうがいいと言っているくらいで、問題があるならちゃんと改善していくための建設的な意見のやり取りをすべきだと考えている。」と話されていました。

上記の報道や伊藤さんのSNSの発信などをぜひご参照いただき、どのようにとらえるかは読者のみなさんに委ねたいと思います。

聞き手&写真:植田泰(めぐろ区民ジャーナル編集委員)

外遊びフェス「ビオキッズ」実行委員長、映画「あそびのレンズ」プロデューサー、めぐろ子ども子育て連絡会 会員、めぐろあそびばねっと メンバー、そとあそびプロジェクト・せたがや 理事、一般社団法人 日本プレイワーク協会 理事 ほか。

2013年より世田谷区の羽根木公園で外遊びをテーマにした野外フェス「ビオキッズ」を主催。世田谷における民間発の外遊び啓発事業として成果をあげる。 2013年よりボランティアグループ「マンマの会」(現在はNPO法人 マンマの会)と共に目黒区柿の木坂に子育てひろばcoccoloを開設。めぐろ子ども子育て連絡会や、めぐろあそびばねっと など、目黒区内で子ども・子育て支援の活動を続ける。 本職はグラフィックデザイナー。